教育基本法

 すべての法律は憲法の下位法であり,憲法に反する法律は存し得ないが,教育基本法ほど日本国憲法の「精神」をよく反映した法律もない。特にその「前文」「第1条」「第2条」は,法律の一般的に抱かれるであろう冷たく味気ない文章というイメージとは正反対の,美しく力に満ちた感動的な表現で,日本国憲法の「精神」を教育現場にインストールしようとする名文だ。

教育基本法
 われらは,さきに,日本国憲法を確定し,民主的で文化的な国家を建設して,世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は,根本において教育の力にまつべきものである。
 われらは,個人の尊厳を重んじ,真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに,普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
 ここに,日本国憲法の精神に則り,教育の目的を明示して,新しい日本の教育を確立するため,この法律を制定する。
 第1条(教育の目的) 教育は,人格の形成をめざし,平和的な国家及び社会の形成者として,真理と正義を愛し,個人の価値をたっとび,勤労と責任を重んじ,自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。
 第2条(教育の方針) 教育の目的は,あらゆる機会に,あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには,学問の自由を尊重し,実際生活に即し,自発的精神を養い,自他の敬愛と協力によって,文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。

 現在,教育現場には大小さまざまな問題がある。その個別的問題については教育方法の変更や教育制度の改革を含めて,国家的規模で取り組まなければならないものもあるだろう。しかし,その根本にある教育の「目的」や「方針」については,この教育基本法に書いてある通りで何ら問題はないと考える。
 ところが政府は,今度の国会に教育基本法改正案を提出しようとしている。しかもその原案を見る限り,現在の教育問題を解決するためのアイデアとしては何ら魅力的なものを含んでいない。果たしてこの改正は必要だろうか。
 読売新聞に掲載された改正原案の冒頭は以下の通り。

 第1条(教育の目的) 教育は、人格の完成を目指し、心身共に健康な国民の育成を目的とする。

 第2条(教育の目標) 教育は以下を目標として行われる。
▽真理の探究、豊かな情操と道徳心のかん養、健全な身体の育成
▽一人一人の能力の伸長、創造性、自主性と自律性のかん養
▽正義と責任、自他・男女の敬愛と協力、公共の精神を重視し、主体的に社会の形成に参画する態度のかん養
▽勤労を重んじる
▽生命を尊び、自然に親しみ、環境を保全し、良き習慣を身につける
▽伝統文化を尊重し、郷土と国を愛し、国際社会の平和と発展に寄与する態度のかん養。

 新たに追加された表現(「道徳心」「男女」「自然」「伝統」「郷土」「(愛国)」等)もさることながら,削除された表現(「平和的な国家」「個人の価値」「学問の自由」等)にも注意しなければならない。
 教育基本法は「基本法」ではあるが一般の法改正手続によって,すなわち国会の過半数の賛成で改正することができるものである。憲法改正に比べて,ハードルは著しく低い。しかし「理想の実現は,根本において教育の力にまつべきものである」とするならば,この「基本法」改正問題は,あまりに重要である。それぞれの立場から,急いで議論に参加すべきだ。