「新しい社会のつくり方」

田中優『戦争をやめさせ環境破壊をくいとめる新しい社会のつくり方 エコとピースのオルタナティブ』(合同出版 isbn:477260345X)を読んだ。
これはタイトルにもある通り,「新しい社会のつくり方」を書いた一種の「How to 本」で,思想書や理論書の類ではない。著者自身,「何よりぼくが欲しているのは教養ではない。実際に使うことのできる解決策なのだ」と言い切っているだけあって,きわめて「実用的」な内容になっている。
平和や環境の問題に関心のある人々にとっても,「じゃあ,どうするんだ」といったときに,明快かつ効果的な方法が明らかになっているとは限らない。「いまのままではいけないということだけはわかっている」んだけど,問題の大きさに対して,自分にできることがあまりに微細か,ほとんど無に近いと思え,無力感や絶望感,あるいは,徒労感を抱いてしまうことはよくあることだ。
そこで著者は,実際に「できること」を次から次へと挙げながら,「新しい社会」への転換が現実的に「可能」であることを示そうとする。これがもし,「努力・忍耐」による節約生活の推奨や,「信念」と「希望」だけで組み立てられた革命幻想だったなら,私は途中で読むのをやめただろう。しかしこの本は,倫理観や精神論に頼ることなく,きわめて冷静かつドライに社会の構造を分析しながら,どこに手をつければ流れが変わるのか,システム論的に解き明かそうとする方針によって貫かれているので,清々しい気持ちで読むことができる。
例えば以下のような物言いが,読者の気持ちを軽くするだろう。

誠実で使命感に強く,勘違いしてしまった人々は,家庭のリサイクルや節水で温暖化を防げると精一杯努力する。しかも悪いことに,自分よりできていない人を攻撃してしまうことが往々にしてある。これが市民の間に溝を作り,意味のない争いを生んでしまっている。
だが,企業の(二酸化炭素)排出が(全体の)87%と圧倒的なら簡単に解決策が浮かぶ。企業はコストに敏感なのだから,環境税と呼ばれる二酸化炭素税をかけることで,省エネの競争を促すことができるのだ。

この本のもうひとつの特徴は,反戦・平和の立場に立ちながら,日本国憲法についての言及がほとんどないことだ。これは考えてみれば当然のことで,著者が問題にしている戦争は「日本の戦争」に限定されるものではないから,9条を支柱にした議論を立ててもあまり意味がないのだ。9条があってもなくても,それとは別に,戦争をやめさせる方法を考えなければならない。
著者は戦争の「原因物質」を,「エネ・カネ・軍需」だと特定し,これを取り除くための方法を,「新しい社会のつくり方」として提示している。大きく分けて2つ。ひとつは「脱石油」。そしてもうひとつが「金融の民主化」だ(「自由化」ではない)。いずれも,きわめて大きな構想である。しかし,既に実現されている事例とともに説明されると,「なんだ,できそうじゃないか」と思えてくるほどに,地に足のついた議論ばかりだ。もちろん,「簡単」ではない。でも,本の帯にある桜井和寿のコメントの通り,「ここには可能性が書かれている」。可能性があるのなら,私たちは歩けるはずだ。
注意点。あまり時間がないということ。のんびりしているとチャンスを逃してしまうかもしれない。それから,この本に書かれた方法論を実践するには,少々,お金が必要だ。日々食べていくだけで精一杯の収入しかない場合には,あまり向かない。逆に言えば,少しでも貯蓄のある人に,ぜひ読んでもらいたい。