岩波ブックレット

岩波書店の小冊子シリーズ「岩波ブックレット」の最新刊として,『憲法を変えて戦争へ行こうという世の中にしないための18人の発言』(isbn:4000093576)というやや長いタイトルの本が発売されていることは,岩波書店としては破格の(おそらく『広辞苑』並みのお金をかけた)新聞全面広告などを通じて,知っている人も多いだろう。

岩波書店という出版社は,書店業界では「買切出版社」と呼ばれている。多くの総合出版社が「販売委託制」を採るのに対し,文庫や新書を刊行しているような大手総合出版社としては唯一,岩波書店は「完全受注制」を採っている。結果,書店としては,売れ残った本を「返品」することができないので,最低限必要な冊数しか発注しない,場合によっては,全く仕入れない,ということになりがちである。

ところがこの『憲法を変えて戦争へ行こうという世の中にしないための18人の発言』に関しては,書店に対し,「委託配本」の案内が送られてきた。例えば私が勤めている書店では,「40冊送りますので,大きく展開してください。売れ残った分は必ず引き取りますのでご安心ください」という具合だ。他の本で,「返品条件付注文」といって,「売れ残った分は返品を受けますから,多めに発注して販売してください」という例は,いくつかあった。しかし,「40冊」というように配本部数まで指定してくるケースはきわめて珍しい。岩波書店が,このブックレットをかなり本気で「売る気になっている」ことが,このことからもよくわかる。

実際,このブックレットはよく売れている。
たった500円だし,量的にも62ページの薄い本なので,これくらいは買って読んでもらいたいという意味で内容の要約は控えるが,各執筆者が,自分の経験を踏まえて語り,ある意味では「人生をかけて」書いているので,言葉に「力」があって読み応えがある。決して知的に洗練された文章とは言えないものも含まれているが,だから読むに値しないかというと,その逆で,高度な憲法論や政策論に隠される前の,平和を願う原初的なエネルギーに触れるためには,こういう「発言」を読むことに大いなる意義があると思った。また,それを見失っては,いかなる論争も空疎だ。

ここに書かれている「18人の発言」は,いずれも「反戦活動家じゃなくたって誰でも思う普通のこと」(渡辺えり子)である。それを伝えるだけのために,岩波書店が「社をあげて」取り組まなければならないほど,日本の言論状況が危うくなってきているのだということが,このブックレットの最大のメッセージなのかもしれない。