人権擁護法案

 主に「メディア規制法」となる可能性のある部分について反発が強く,一旦は廃案となった「人権擁護法案」(http://www.moj.go.jp/HOUAN/JINKENYOUGO/refer02.html)が,いまの国会に改めて上程されることになった。
 法案の中身を確認しておきたい。
 まずこの法案の「目的」は,冒頭で以下の通り記述されている。

第1条
 この法律は、人権の侵害により発生し、又は発生するおそれのある被害の適正かつ迅速な救済又はその実効的な予防並びに人権尊重の理念を普及させ、及びそれに関する理解を深めるための啓発に関する措置を講ずることにより、人権の擁護に関する施策を総合的に推進し、もって、人権が尊重される社会の実現に寄与することを目的とする。

 次に,この法案が禁止する「人権侵害」の中身をまとめておこう。

【「人権侵害」の種類】

  • 差別的取扱
  • 差別的言動
  • 差別助長行為
  • セクシャル・ハラスメント
  • 虐待

【禁止される差別の「理由」】

  • 人種
  • 民族
  • 信条
  • 性別
  • 社会的身分
  • 門地
  • 障害
  • 疾病
  • 性的指向

【禁止される差別の「主体」】

  • 公務員
  • 売り手(対買い手)
  • 事業主(対労働者)

 日本国憲法14条が列挙する「人種,信条,性別,社会的身分又は門地」に加えて,「民族」「障害」「疾病」「性的指向」による差別も同様に禁止されると明示したことは,この法律の積極的な意義として評価できる。特に「性的指向」については,例えばアメリカの大統領選挙等で同性愛が「倫理」の問題としてクローズアップされる中で,日本政府がこれを人格の核心に関わるものとして保護する方針を打ち立てた意義はきわめて大きい。
 また,国家による,あるいは公務員による差別を禁止するのは当然のことであるが,同時に契約関係や労使関係における「私人間」の人権侵害を包括的に禁じた法律が制定されることにも大きな意味があるだろう。
 実際に人権侵害があったときには,以下の通り,救済手続が開始される。

第38条

  1. 何人も、人権侵害による被害を受け、又は受けるおそれがあるときは、人権委員会に対し、その旨を申し出て、当該人権侵害による被害の救済又は予防を図るため適当な措置を講ずべきことを求めることができる。
  2. 人権委員会は、前項の申出があったときは、当該申出に係る人権侵害事件について、この法律の定めるところにより、遅滞なく必要な調査をし、適当な措置を講じなければならない。ただし、当該事件がその性質上これを行うのに適当でないと認めるとき、又は当該申出が行為の日(継続する行為にあっては、その終了した日)から一年を経過した事件に係るものであるときは、この限りでない。

 救済手続には「一般救済」と「特別救済」がある。
 「一般救済」とは,まず被害者に対して必要な助言・紹介・斡旋・援助を行い,同時に加害者に対して説示・啓発・指導を行うもので,犯罪に該当するようなケースについては告発もする。
 「特別救済」とは,「一般救済」に加えて,調停・仲裁・勧告・公表・訴訟援助・差止請求などの措置を講ずるもので,以下の「特別人権侵害」に対して発動される。

1.差別的取扱
2.差別的言動のうち「相手方を畏怖させ,困惑させ,又は著しく不快にさせるもの」
3.セクシャル・ハラスメントのうち「相手方を畏怖させ,困惑させ,又は著しく不快にさせるもの」
4.公務員による職務上の虐待
5.社会福祉施設・医療施設の従業者による入所者・入院者に対する虐待
6.学校・教育施設の従業者による学生・生徒に対する虐待
7.児童虐待
8.高齢者・障害者の同居者・扶養者・支援者による高齢者・障害者に対する虐待
9.配偶者の一方による他方に対する虐待

 尚,「虐待」とは,

    • 傷害・暴行
    • 猥褻行為又は猥褻行為をさせること
    • 保護義務違反
    • 心理的外傷を与える言動

10.報道機関による人権侵害

 このうち「報道機関による人権侵害」が「報道の自由」との関係で問題とされた。この部分は条文を直接確認しておこう。

第42条
4 放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関又は報道機関の報道若しくはその取材の業務に従事する者(次項において「報道機関等」という。)がする次に掲げる人権侵害
 イ 特定の者を次に掲げる者であるとして報道するに当たり、その者の私生活に関する事実をみだりに報道し、その者の名誉又は生活の平穏を著しく害すること。
  (1)犯罪行為(刑罰法令に触れる行為をいう。以下この号において同じ。)により被害を受けた者
  (2)犯罪行為を行った少年
  (3)犯罪行為により被害を受けた者又は犯罪行為を行った者の配偶者、直系若しくは同居の親族又は兄弟姉妹
 ロ 特定の者をイに掲げる者であるとして取材するに当たり、その者が取材を拒んでいるにもかかわらず、その者に対し、次のいずれかに該当する行為を継続的に又は反復して行い、その者の生活の平穏を著しく害すること。
  (1)つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所の付近において見張りをし、又はこれらの場所に押し掛けること。
  (2)電話をかけ、又はファクシミリ装置を用いて送信すること。

 まず「イ」については,事件の被害者,容疑者の家族,または容疑者が少年だった場合に限って,そのプライバシーを侵害するような報道を規制しようとするもので,特に問題があるとは思えない。むしろ,容疑者が成年の場合についても一定の規制が必要ではないかと思わせる状況が犯罪報道にはある。「疑わしきは白」の原則からみて,容疑者段階での「犯罪者扱い」は大いに問題であり,プライバシーその他の人権が手厚く保護されるよう十分な配慮がなされなければならない。しかし現状をみる限り,報道機関による「自主規制」はうまくいっていないと評価せざるを得ない。
 「ロ」については,「報道(公表)」ではなく「取材」を制限するもので,こちらは「調査報道」の手法を直接縛る可能性があるだけに慎重に検討する必要がある。
 「報道の自由」と「プライバシーの権利」のバランスを考えるとき,情報をコントロールする力においてメディア企業と個人の間には大きな落差があるため,一般的には個人のほうを手厚く保護しなければつりあわない。その意味で「イ」の規制には必要性が認められる。
 しかし「取材」段階においては,まだそれほどの「強弱関係」にはなっていない。質問者と回答者の関係で,情報をコントロールする力を持つのはむしろ回答者のほうですらある。このときに「質問行為」自体を規制する必要があるとは思えない。焦点は,取材に付随する「迷惑行為」をどこまで取り締まるべきか,ということにある。
 それでは「ロ」の条文が,「迷惑行為」と「質問行為」を適切に切り分け,「迷惑行為」のほうだけを規制する内容になっているだろうか。ここに疑問が残る。