『広告批評』のファイティング・ポーズ

 『広告批評』2・3月合併号(マドラ出版)が,憲法9条の特集を組んでいる。中身は4部構成。まず池澤夏樹大塚英志高橋源一郎による鼎談,次に編集部によるデータ集(先日放送されたばかりのNHKスペシャル「シリーズ・憲法」からも引用されている),そしてクリエイター68人へのアンケート,最後に映画監督・是枝裕和へのインタビューとなっている。
 最初の鼎談は,基本的には9条の改正に反対の3人が,憲法問題を「言葉の問題」と捉えた上で,いまある憲法をただ「護る」のではなく,より「創造的」な方法で,憲法について語る必要があることを確認する内容。特に憲法論議が,所謂「護憲派」や所謂「改憲派」に独占されていて,量的にも質的にも広がりがないことを問題視している。この問題意識は,広告批評編集部がこの特集を組む理由と直に繋がっている。例えば『現代思想』(青土社)が昨年の10月号で日本国憲法の特集を組んだときには,冒頭の対談は井上ひさし小森陽一によるものだった。これも憲法の改正に反対の立場を強調した内容だったが,しかし井上ひさし小森陽一という人選では,発言内容・使用言語・批判対象がすべて予見できるだけでなく,それが予見できるような人しか読まないだろうと想像させ,二重に閉ざされた印象を与えた。それに比べれば,『広告批評』の人選は,さすがに「広告効果」をよく考えたものと評価できるだろう。
 人選という点では,68人アンケートがさらに面白い(当初「100人アンケート」を目論んでいたが,回答件数が68だったということのよう)。佐藤可士和中島信也といった広告関係のクリエイターはもちろんのこと,小説家・漫画家・評論家・思想家・映画監督・ミュージシャン・イラストレーター・フォトグラファー,あるいはジャーナリスト等々の「クリエイター」に限定してアンケートを実施。普段あまり法律や政治についての発言が聞けないような口から憲法9条を改正することへの賛否をストレートに引き出した。
 結果,68人中55人(81%)が改正に「反対」の立場を明確にし,賛否を明らかにしなかった5人を除くと,「賛成」と回答したのは8人しかいなかった。しかもそのうち,しりあがり寿野坂昭如村上隆の3人は,現行憲法よりもはっきりと「平和」を打ち出す「護憲的改憲」の立場からの「賛成」であり,圧倒的多数が「9条」の理念を支持したといえる。
 いくつか引用しておこう。
 浅田彰「敗戦直後,戦争放棄にいちいち理由の説明がいっただろうか。60年たった今も,その自明性は変わっていない。」
 いとうせいこう「武器輸出を認める政界の動き,財界の9条改定への急激なプッシュというあからさまな軍産複合体の形成過程は,現実の底が地滑り的に抜けていく異常な具体例のひとつである。」
 大岡玲「民主主義を確立するためには,多くの無辜の人間の生命を軽視してもかまわないという〈殺戮的民主主義〉が父子ブッシュによって完成され,さらにそこにすりよって〈普通の国〉たらんとする言説が日本の有力な政治家・マスコミに喋々されている現状では,危なくて改定などお話にならない。」
 香山リカ「変えればいいことがあるよ……きっと という場当たり的な発想で9条を変えることになんらメリットがあるとは思えない。」
 テイ・トウワ「戦争の反意語が平和,だとすると,〈戦争の放棄〉の放棄は,とても恐ろしいことだと思います。」
 永江朗「仮に軍備を持たないことによって他国からの侵略などのリスクがあるとしても,それは軍備を持つ(あるいはすでに持っている)ことによるリスクよりもはるかに小さなものとなるでしょう。」
 山田太一自衛隊には申し訳ないけれど,軍隊はいくらか後ろめたい方がいいと思う。」
 
 このような結果になることが,回答を得る前にどれだけ予測できていたのかは不明だが,「クリエイター」に対象を限定すれば,「改憲やむなし」の空気に対して何らかの異議申し立てができるのではないかと考えたのだろう。まったく,その見通しは正しかったことになる。
 このようなアンケート企画に対して,外交・国際政治の現実を知らない「クリエイター」ごときが何を言うかと反発する向きもあるだろう。しかし,多くの国民が外交・国際政治の現実を知らないのもまた事実で,ごく少数の専門家よりは「クリエイター」のほうが「世論」に近いとも解すことができる。そもそも憲法改正には国民の多数による承認が必要なのだから,専門的な知識・情報を持たない素人の素朴な感覚を否定したところで議論を展開しようとするほうが無理なのだ。
 この『広告批評』の中に,憲法論として何か新しいものが提起されているかといえば,それはほとんどないと言える。いずれも既に所謂「護憲派」の人たちによってくりかえし主張されてきた内容と重なるものである。しかし,この特集の面白さは,これまで憲法論議にアクセスすることのなかった人たちを,議論に巻き込んだこと,そして次に,その読者たちを巻き込もうとしている点にある。
 大塚英志が言う通り,「あっちでもこっちでも憲法についてずいぶん具体的なことを言ってる人間たちがいるぞ,これはあんまり飛ばしてやれないぞ」と改憲勢力が思うくらいには,憲法をめぐる言葉を溢れさせ,多くの目を光らせなければならない。
 「十分な議論もされないままにズルズル行ってしまうということにもなりかねない。最後の抵抗というか,せめて一度立ち止まって考える場所を作ることができないか,できることならここから何か始められないか」という広告批評の「思い」が,よく滲んだ特集。他誌の対抗企画にも期待したい。