「中間報告」

 自民党の新憲法起草委員会は,試案策定に向けた「中間報告」(論点整理)をまとめた。各小委員会の議論を集約,整理したものである。

【前文】

  • 全面改定
  • 自然にはぐくまれた国民性
  • 日本の歴史,伝統,文化
  • 独立と安全を守る意思
  • 権利には義務,自由には責任が伴う
  • 愛国心(賛否両論)
  • 自主憲法(賛否両論)

天皇

  • 元首(賛否両論)

【安全保障】

  • 9条1項維持
  • 自衛隊を軍隊と位置付け
  • 国際協力を中心的業務と明記
  • 国民に国を守る義務
  • 文民統制
  • 首相指揮権
  • 非常事態規定
  • 集団的自衛権の行使を明記(賛否両論)
  • 国際協力に伴う海外での武力行使を明記(賛否両論)

【人権】

  • 4つの「責務」(国防,社会的費用の負担,家庭の保護,生命の尊厳の尊重)
  • 有害図書の出版・販売を制限
  • 社会秩序を害する目的の結社を禁止
  • 公共の福祉,環境保護と照らし合わせた財産権制限
  • 新しい人権(知る権利,プライバシー権,環境権)
  • 政教分離原則の緩和

【改正】

  • 要件緩和(具体策未定)

 この「中間報告」は,いくつかの点で,自民党内の様々な意見を「折衷」したものとなっている。例えば,自衛隊の名称をめぐって,「自衛軍」または「国防軍」と改称すべきだと主張する勢力と,自衛隊の名称のままでいいとする勢力の間で,この「中間報告」は,名称論に直接言及せずに「軍として位置付ける」ことだけを明示した。同様に,愛国心,自主憲法天皇元首化,集団的自衛権武力行使等々について,新憲法に明記すべきだとする「復古派」と,民主・公明両党の賛成を得やすくするため敢えて憲法に明記する必要はないとする「協調派」の対立があり,「中間報告」はそれらの論点につき結論を出せていない。
 協調派は,最早改憲が「夢」ではなく「現実」のものとなりつつある状況を踏まえて,「あまりギラギラした復古調では,他党や国民の誤解を招く」と,より「現実的」な路線の選択を主張している。
 さらに協調派は,権利規定について,国家が国民に義務・責任を課すのは憲法的発想ではないので,新しい人権を盛り込むだけにとどめるべきだと主張している。動機が「国会対策上の協調」であったとしても,憲法論としていくらか真っ当な意見が自民党内にもまだ生きていることを確認しておく意義はあるだろう。
 しかし最も重要なこの論点で,この「中間報告」は,明らかに「右」に梶を切っている。その他の論点では協調派に配慮した「折衷」案を提示しても,この権利規定の部分では,協調派の主張を排除して,復古派の主張を大きく取り入れている。
 この時点でこのような「中間報告」を明らかにすることには,世論の反応をみるという狙いも含まれているだろう。人権保障の後退を阻止するためには,いまこの時点でこの「中間報告」を徹底的に批判し,自民党内の協調派を元気付かせるほかない。野党もマスメディアも自民党の「党内議論」だとして軽く扱っているように見受けられるが,読売新聞が憲法改正私案を発表した場合とは違って,「無視するのがいちばん」というわけにはいかないと思う。牽制すべきところは早い段階で牽制しておくべきではないだろうか。反発が少ないとみれば,復古派の発言力がどんどん増していくことになりかねない。なにしろこの党内対立は,あくまで「国会対策」上の理由によるものであって,新憲法の理念をめぐるものではないのだ。つまり,「本音は同じ」なのだから,「国会対策」の必要がなくなれば,「本音」に傾斜するに違いない。
 
 それにしてもこの「中間報告」をみて改めて感じることは,自民党改憲運動が,専ら権力者・政治家の,現状に対する不満を解消するためのものであって,国民にとっての「問題」を解決するために新たな理念や制度を導入しようとするものではない,ということである。自民党にとっての「ストレス発散」改憲を,日本国民の「自主憲法」制定と読みかえるのには,やはり相当の無理がある。いま憲法について考えるとき,真っ先にとりかかるべきは,ひとりひとりが抱えている「問題」を解決するために,日本国憲法がプラスに働くかマイナスに働くかを,冷静に評価することだろう。マイナスに働くなら,障害となるその条文を特定して,改正を考えるべきだろうし,プラスに働くなら,その条文を活性化させることを考えなければならない。ひとりひとりの「自主」を礎にした憲法論を組みたてること。それを支援していくのが,護憲派の運動指針であるべきだろう。