自民党新憲法草案(3)

第3章の「権利章典」は,近代憲法の「核心」であって,改憲論議においても,まずこの部分をしっかり検討した上で,諸権利の実質的な保障のためにどのような制度・機構が必要であるかを構想し,それを他の章に反映させる順序で考えられるべきではないかと思う。自民党草案では,いくつかの新しい権利が「カタログ」に追加される一方で,総論としては人権制約原理を一部強調するなど,問題点も多い。憲法論議が9条論に偏りすぎて,第3章に関心が向かないとすれば,それは大変危険なことだと思う。

第3章 国民の権利及び義務

第10条(日本国民)
日本国民の要件は,法律で定める。

第11条(基本的人権の享有)
国民は,すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は,侵すことのできない永久の権利として,現在及び将来の国民に与えられる。

この最初の2つの条文については,特に変更がない。人権享有主体性については,特に外国人の人権が問題となってきたが,その点には言及しなかった。ちなみに民主党憲法提言」には,「外国人の権利と難民の権利を明確にする」という項目がある。

第12条(国民の責務)
この憲法が国民に保障する自由及び権利は,国民の不断の努力によって,保持しなければならない。国民は,これを濫用してはならないのであって,自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ,常に公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し,権利を行使する責務を負う。

第13条(個人の尊重等)
すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公益及び公の秩序に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。

ここで注目すべきは,「公共の福祉」という言葉が,「公益及び公の秩序」に置き換えられている点である。これは「公共の福祉」という言葉の「わかりにくさ」を解消するためとも考えられるが,「秩序維持」を目的とした人権制約立法を通しやすくする効果も見込まれるため注意しなければならない。また,現行憲法で「公共の福祉」による人権制約が「明示的」に規定されている2つの条文(22条・29条)のうち,22条(居住・移転・職業選択の自由)からはこの文言が削除され,29条(財産権)にのみ「公益及び公の秩序」という文言が使われている。
さらに,「自由及び権利には責任及び義務が伴う」と言うが,いったいどのような責任,どのような義務が伴うのかについて明確でない。これが,包括的な人権制約原理として動き出す可能性は否定できず,容易く受け入れられるものではない。

第14条(法の下の平等
①すべて国民は,法の下に平等であって,人種,信条,性別,障害の有無,社会的身分又は門地により,政治的,経済的,社会的関係において,差別されない。
華族その他の貴族の制度は,認めない。
③栄誉,勲章その他の栄典の授与は,いかなる特権も伴わない。栄典の授与は,現にこれを有し,又は将来これを受けるものの一代に限り,その効力を有する。

人権カタログへの最初の「加憲」が,この14条に挿入された「障害の有無」による差別の禁止である。これは諸外国の憲法を見ても珍しい項目で,日本において特に障害者差別が深刻であるとの認識がなければ出てこない発想ではないだろうか。障害が「その人みずからの意思で左右できないことがら」であることを踏まえれば,人種,性別,社会的身分又は門地と並列的に列挙することに妥当性があると言える。同様の発想で,他に追加すべき項目はないだろうか。例えば「民族」「患者・感染者」「性的指向」あたりは検討に値するのではないかと思う。ただ,これら全て,現在の日本国憲法の下でも差別が是認されているわけではなく,言うまでもないが,憲法を改正しなくても,是正措置は十分に推進できるはずである。