自民党新憲法草案(5)

「家族生活における個人の尊厳と両性の平等」を定めた24条については,呼称を「婚姻及び家族に関する基本原則」と変更し,やや色を薄めたものの,条文そのものには手をつけなかった。家族擁護責務の“加憲”を見送ったことと合わせて,正しい判断と評価したい。
家族に関する基本原則を考える際に重要なことは,家族という集団が,その構成員たる個人に対し,暴力的あるいは抑圧的にふるまうケースが残念ながら少なくないことを常に想起しながら,家族と個人の対立においては,国は個人の側に立つ,ということを明確にしておくことである。

次に,25条の生存権規定については,「すべての生活部面について」という文言を,「国民生活のあらゆる側面について」と書き換えただけで,内容の変更はない。但し,直後に2つの条文が追加された。

第25条の2 (国の環境保全の責務)
国は,国民が良好な環境の恵沢を享受することができるようにその保全に努めなければならない。

第25条の3 (犯罪被害者の権利)
犯罪被害者は,その尊厳にふさわしい処遇を受ける権利を有する。

いわゆる環境権は,「知る権利」の場合と同じく,国民の権利としてではなく,国の責務として“加憲”された。請求権としての性格を弱めることで,裁判において,国の裁量権を幅広く認めさせる効果が見込まれる。単なる書き方の違いとして軽視すべきではない。
また,「良好な環境」が自然環境だけでなく社会環境まで含むものと解する場合は,この条文がさまざまな自由を(それは経済的自由のみならず,精神的自由を含む幅広い範囲で)制約する根拠となりうるので注意する必要がある。
犯罪被害者の権利については,その内容が不明瞭で,“加憲”の意義がわかりにくい。憲法が定めている諸々の人権は,当然,犯罪被害者にもひとしく保障されることは言うまでもないが,それとは別個に,特に犯罪被害者において保障されるべき権利とはいったいどのような内容を指しているのだろうか。
犯罪被害者が,一般市民以下の権利状況に置かれやすい現状(例えば報道被害)を反映して,特に注意を要すべき事例として一文書き添えるという程度の意味であるならば,反対する理由は見当たらない。しかし,犯罪被害者に対して,何らかの“特権”を用意する内容であるならば,慎重な議論が必要だ。

第26条(教育),第27〜28条(勤労)に関する権利と義務については,文言の形式的な修正のみ。
第29条の財産権規定では,2項に知的財産権についての基本原則を書き加えた。知的財産権については有形財産の場合よりもさらに強い制限に服するものとの認識を示したもので,論議を呼ぶ可能性がある。

第29条 (財産権)
②財産権の内容は,公益及び公の秩序に適合するように,法律で定める。この場合において,知的財産権については,国民の知的創造力の向上及び活力ある社会の実現に留意しなければならない。

第30条・納税義務と,31条以降の刑事手続に関する人権保障規定については,語句の整理のみで内容の変更はない。