北朝鮮ミサイル発射実験

落ちついて考えたい。北朝鮮がミサイル発射実験を行い,その全てが日本海のロシア寄りに落下した今回の出来事から,何が言えるか。ひとつは「日本に実害があったかといえば幸い何もなかった」ということであり,もうひとつは「こんな危なっかしいことは絶対にやめてほしい」ということだ。それから,日朝平壌宣言に照らせば,「約束を破った」ということになる。ここまでは言っていいだろう。だから日本政府が北朝鮮に対して「厳重抗議」を行ったのは当然だ。
次に考えなければならないことは,北朝鮮の軍事的な挑発行動をこれ以上エスカレートさせないことだ。次は日本国内に打ち込まれる可能性だってある。技術的には可能なのだから,北朝鮮がその気になればありえないことではない。だとすれば日本にとっては,北朝鮮を「その気」にさせないことが何より重要な目標となるはずだ。
ならば日本政府は,国民の安全を守るため,北朝鮮を「その気」にさせない目的に合致する発言と行動だけを行い,逆に,この目的の達成を阻害するような発言と行動は慎まなければならない。それが,政府の責任ある態度ということになる。
そのような観点から,政府の対応をひとつひとつ監視し,評価していくことが,日本に暮らす私たちの安全と平和を守るために欠かせない。対応をひとつ間違えれば,北朝鮮のミサイルをわざわざ誘き寄せてしまう可能性だってあるのだ。ここは,慎重にならざるをえない。
経済制裁の発動は,簡単に言えば「お仕置き」である。悪いことをした子どもに「ごはん抜き!」と言うのと同じだ。お腹がすいて「もうしません。ごめんなさい」と謝ってくる子どもを相手にしているならば一定の効果が見込める。しかし,北朝鮮政府がそんなに簡単な相手だとは思えない。日本が「ごはん抜き」と言っても,他からごはんをもらって食うかもしれないし,お仕置きを敵対行動と捉えて,逆上してくるかもしれない。「これは虐待だ。いじめだ」と理屈をこねて,話をややこしくする可能性だってある。最もよろしくないのは,国際世論の中で突出して制裁に積極的なのは日本だということになったとき,北朝鮮の敵意が,日本に集中することである。日本の国益を考えるならば,いまこそ国際協調を盾にしなければならない。
もうひとつ。小泉政権最大の成果といってもいい日朝平壌宣言を,日朝交渉の原点として大事にしたほうがいいと思う。向こうが先に約束を破ったのだから,もうこんなもの破棄してしまえというような乱暴な意見はあまり賢いものと思えない。小泉首相日朝平壌宣言の凍結や破棄の可能性を否定し,「対話の余地は常に残していかなきゃいけない。対話なしに解決できない」と言ったことには安堵した。次期総裁候補も,手柄を焦って暴走するようなことなく,慎重な対応を心がけてほしいと切に願う。