『産む機械』

厚生労働大臣の発言が,大いに叩かれている。
「女性は産む機械」という発言が,「女性は黙って産んでりゃいいんだ」という意味で為されたものであるならば,確かに「問題発言」であり,内閣不信任決議案まで視野に入れて,徹底的に叩くべきだと思う。
しかしこれが,「機械の数が少ないのなら,1台あたりの生産量を増やすことを考えなければならない」という“喩え話”であるならば,“喩え話”としてセンスがいいか悪いかの評価はあってもいいけれど,この発言を理由に辞任要求までするのは明らかに過剰反応だろうと思う。
結局,「機械」という言葉を用いたことが「不適切」だったとして,発言者本人が謝罪しているが,このような「言葉狩り」にはあまり利益がない。むしろ,相手の(これだけ話題になるのだからそれなりに巧みな)“喩え話”に乗っかって,そもそも生産量を維持・拡大する必要があるのか,生産性向上のための具体的な方策は何か,生産力のない(あるいは小さい)「機械」をどう扱うか,等々の実質的な議論へと繋いでいくべきではなかろうか。
怒りは貴重な変革エネルギーだが,きちんと照準を合わせて放出しないと,単なる「ガス抜き」で終わってしまう。そういう無駄をできるだけ省いて,世論を問題の核心へと誘導できるかどうかは,野党のリーダーシップに依るところが大きい。批判する側の「本気」が見えなければ,政治に緊張感は生まれない。